Cincinnati Natural Parent
Cincinnati Natural Parent は、シンシナティに思いを馳せる私の回顧録です。私は昔、シンシナティに住んでいたような気がしてならないのです。なぜそんな気がするのかは分かりませんが、きっと私の記憶の片隅に密かな思い出があるのだと思います。今となっては思い出すことも困難なのですが、「シンシナティ」という言葉を聞くだけで懐かしい感情に浸ってしまうのです。そして何か大切なことを思い出しそうになるのですが、曖昧なイメージが浮かんでくるだけで終わってしまうのです。
いつかその隠された記憶を完全に想起することができる日を夢見て、私は今日も目を閉じて耳を澄ましているのです。瞑想に耽り感覚を研ぎ澄ましていれば、過去の記憶が戻ってくる日が来るのではないかと思うのです。記憶の糸をたどっていけば、どんなに長い年月がかかったとしても、必ず過ぎ去りし日の思い出の場所へと行き着くことができると信じているのです。

あの日私は、シンシナティに向かうべく駅のホームに立っていました。そこに止まっていた電車に乗って、目的の場所まで行く予定でした。そのとき初めて電車というものに乗ることになった私は、駅で迷いながら乗るべき電車を探し回っていたのです。迷子になり歩き疲れた私は、近くにいた人にシンシナティに行くにはどの電車に乗ればいいのか聞いたのです。すると親切に教えてくれたので、お礼を言って目的の電車に乗り込みました。そして発車したあと、忘れ物をしたことに気付いたのです。「しまった!」と思ったのですが、時すでに遅しです。遥か遠くまで来ていましたので、もう後戻りはできません。行けばどうとでもなるだろうと楽観的に考えて、そのまま電車に揺られて眠りにつきました。それが後々、大きな後悔をすることになってしまったのです。

目が覚めた私は、現在地点がどこなのかを確かめようとして外を見ました。すると、見慣れない光景が目に入ってきました。「ヤバいな…行き過ぎたようだ」直観的にそう思った私は、次の駅で降りてあてもなく歩き始めました。港の近くまで来たとき、大きな鋼管が積み上げられた工場を見つけました。無機質な鋼管を眺めながら、ここは明らかにシンシナティではないなと確信したのです。そのとき、急に体の力が抜けてきたのを覚えています。これだけ歩いてきたにもかかわらず、進んできた方向は完全に間違っていたのです。一気に疲労が押し寄せてきて、めまいと共に意識を失ってしまいました。今までの人生の中で、気を失ったのはこれが初めてでした。それほど疲労とショックが大きく、絶望に打ちひしがれたのです。

それからどれだけの時間が過ぎたのか分かりませんが、目を覚ました私は周囲がすでに薄暗くなっていることに寂しさを感じました。しばらく呆然としたあと、ここでいつまでも立ち止まっているわけにもいかないと自分に言い聞かせながら歩き始めたのです。目の前には、ズラリと並んだボルトとリベットがどこまでも続いていました。金属製の無機質なボルトとリベットが、延々と遠くまで並んでいるのです。その光景は、私の心を孤独という檻に繋ぎ留めてしまったかのようでした。ですが、泣いても叫んでも誰も助けてはくれません。私が選んだ道なのですから、しっかりと歩いて行くしかないのです。そんな覚悟を決めた瞬間でした。
覚悟が決まると、不思議なことに気が楽になりました。そこで私はおもむろにノートパソコンを取り出して、インターネットに接続を試みました。すると、幸運なことに接続できたのです。神は私を見放してはいなかったようです。すぐさまネット上のあらゆる情報の収集を開始しました。そこで私が見たものは、めくるめく「萌え」の世界でした。
いつの間にか私は萌えるサイトを巡回していたのです。すでに孤独感は微塵も感じることはなく、妄想の世界で自由に飛び回っていました。あまりにも楽しいひとときだったので、すっかり時間を忘れて夢中になっていたのです。そして夜は更け、パソコンの充電が切れそうになったそのとき、萌えオフィシャルサイトにたどり着いたのです。そこには萌えを極めた癒しの世界が広がっていました。それは私の記憶にしっかりと刻み込まれているのですが、今探してみても見つけることができません。一体あの萌えるサイトはどこに行ってしまったのでしょうか。もしかすると、私の記憶が改変されているのでしょうか。思い出すたびに、そんな不思議な妄想をしてしまうのです。